EXHIBITION
Un moment d’une femme フランク ホーヴァット写真展
2018.1.17 WED - 2.18 SUN
12:00 - 20:00 無休 入場無料
19:30 - 20:00はマロニエ通り側入口よりご入場ください。
INTRODUCTION
シャネル・ネクサス・ホールは、2018年度のスタートを飾る展覧会第一弾として、「フランク ホーヴァット写真展 Un moment d’une femme」を開催いたします。写真家フランク ホーヴァットは、1950年代からファッション写真の表現に新風を吹き込み、このジャンルの黄金期を担った写真家の一人として知られます。日本国内において、本格的な初個展となる本展覧会では、《女性》を切り口に、後世に多大な影響を及ぼしてきた代表作や、ジャーナリスティックな初期作、私的なプロジェクト作品などが出展される予定です。
ホーヴァットがフォトジャーナリズムに触発され写真家として活動を開始した40年代当初、そのアプローチは人間主義的な視点を踏襲するものでした。パキスタンやインド、イギリスと世界中を渡り歩きながら、「パリ・マッチ」や「ピクチャー・ポスト」などの雑誌に寄稿し、1955年にはニューヨーク近代美術館で開催された伝説的な展覧会「ザ・ファミリー・オブ・マン(人間家族)」に選ばれています。
1954年、パリに拠点を置いたホーヴァットは、このファッションの都と、ファッションをまとう女性たちに魅了されます。ファッション関連の仕事に注力した彼は、モデルたちの突発的な、もしくは一風変わった配置や、たまたま居合わせた人物を被写体として取り込むなど、ルポルタージュ的感覚を取り入れた斬新な表現を探求しました。また、女性を撮ることに虜となった彼の作品の主題は、衣服だけでなく、無防備でさりげない色気のある女性像へと向かっていきます。そして、ホーヴァットは世界で最も影響力のあるファッション写真家の一人となったのです。その功績は、近年発行の写真集『Frank Horvat: Please don’t smile』(Hatje Cantz刊 2015)にも見ることができます。
一方、ホーヴァットは私的な写真プロジェクトにも取り組み、人物や街、風景、彫刻をテーマに書籍を出版してきました。2013年には、彼の幅広い活動を網羅したレトロスペクティブ写真集『house with fifteen keys』(Terre Bleue 刊)を出版し、同名の回顧展を2014年、セラヴェッツァ(イタリア)、ニース(フランス)で、2015年にはベルリン(ドイツ)で開催しています。
フランク ホーヴァットは、2018年に卒寿を迎えます。本展覧会を構成するのは、この写真家を象徴する有名なファッション写真だけでなく、過去も現在も彩りにあふれる彼の人生における、思い出深い瞬間を捉えた写真の数々です。
ARTIST
フランク ホーヴァット
Frank Horvat
写真家。1928年4月28日オパティヤ(当時はイタリア領、現クロアチア領)生まれ。現在は生活と仕事の場をフランスに置く。50年代から80年代末にかけて発表したファッション写真で最もよく知られるが、彼の写真作品にはフォトジャーナリズム、ポートレート、風景、自然、彫刻なども含まれる。広く旅をしてきたホーヴァットは、4つの言語を流暢に話し、執筆もする。80年代後半に写真家仲間(エドゥアール ブーバ、ロベール ドアノー、サラ ムーン、ドン マッカラン、ヘルムート ニュートン、マルク リブーら)へのインタビューをまとめた重要な書籍を出版。90年代初めにはデジタル写真を試した最初の人々の一人となる。2011年、彼が作成した最初のiPad用アプリケーション「Horvatland」をネット上に公開。5人の子どもと10人の孫がいる。
REPORT
『写真家に宿るあくなき探究心』
90歳近くになっても精力的に活動を続けている写真家のフランク ホーヴァット。1940年から今日に至るまで70年間にわたり、幅広いテーマで写真を撮り続けている。ファッション、ポートレート、フォト・ルポルタージュ、芸術写真を撮ってきたホーヴァットに枯渇しない情熱の秘訣を聞いた。
真っ黒のフォト・スタジオ―――
ホーヴァットのフォト・スタジオはパリに隣接するブローニュ・ビアンクール市にある。自分の思い描く理想の光を実現するために30年前に作ったフォト・スタジオだ。蔦が絡まる壁に囲まれた風情のある中庭を抜けると、近代建築のスタジオが別棟で建っている。ドアを開け、スタジオに一歩足を踏み入れると、壁から天井、ソファに至るまですべてが黒一色。広々とした空間の北側の壁は一面がガラス窓なので、内部は一日中やわらかな光で満たされている。自然光の美しさを最大限に求めるホーヴァットのこだわりが実現されてできたスタジオだ。
「ここでは、17世紀オランダの画家たちが求めていた光と同じものを再現しているんだ。北側の窓から自然光が差し込んで被写体を照らし、濃度の違う影をつくるんだよ」
高さ7メートル、横10メートルと壁一面に広がるくもりガラスを通して差し込む間接光は、朝と夕方、晴れの日と雨の日、四季それぞれに、常に変化して被写体の違った表情を見せてくれる。光は黒い壁と黒い天井と黒い床に吸収され、影は黒色に溶け込みつつ陰影をつくる。黒色の背景のおかげで、光があたっている被写体はさらに明るく浮かびあがる仕組みになっている。
ファッション写真―――
フォトジャーナリズム出身のホーヴァットは、1950年代から女性ファッション雑誌のために写真を撮り始め、ファッション写真家として第一線で活躍した。
「もちろん自分の写真が出版されて、報酬を受けたことには満足しているけど、ファッション写真を自分の大きな功績とみなしたことはないよ」
モデルが完璧に化粧し、ウィッグを着け、複数のライトを使って作り込むスタイルのスタジオ写真が中心であった50年代のファッション写真業界では、屋外の自然光で撮影し、ルポルタージュと同じように画面のざらついたプリントに仕上げるというホーヴァット独自の写真スタイルは、誰の目にも新鮮に映り注目を浴びた。
「ファッション業界に入ったのは自分が夢に描いたような素敵な女性がたくさんいると期待してのことだったのに、モデルたちがマスカラやリップスティック、チークを塗りすぎているうえに、口を半開きにして頭を後ろに傾けるポーズをとるような現実味に欠ける撮影に、すぐにうんざりした。そこでモデルたちの厚塗りの化粧をやめさせ、カメラを見るな、作り笑いをするなと注文をつけたんだ」
ホーヴァットのそうした手法は、結果的にモデルたちを実在しそうな理想の女性像に近づけていった。また、フィルムはルポルタージュ写真と同じように35ミリを使い、屋外で撮影した。彼の撮る“街頭ファッション”写真には、人々が生活している場に身を置く、女性の美しいきらめきがあった。時代は、オートクチュールからプレタポルテに移行しようとしていた。この潮流とホーヴァットの思い描く女性像がぴったりと重なりあったのだ。日常の風景に溶け込んだ自然体のファッションモデルたちの写真は、当時のファッション雑誌の中で際立った。
カメラマンの目線―――
夢に出てくるような理想的な女性よりも、むしろ身近にいる“隣のお姉さん”のような女性像を撮ったホーヴァットの作品は、編集者と読者から圧倒的な支持を集めた。成功の秘訣は、なによりも写真家のホーヴァットがモデルの中に女性の“真実”を見つけようとしていたことだろう。念入りに化粧をほどこされ、高級ドレスを身にまとった虚構の女性ではなく、モデルである女性の彼女らしさを写真に写し込もうとした。
「コンタクトシートで自分が撮影した写真を見ていると、これが彼女だ!まさに彼女らしさが出ている!とわかる。いいカメラマンには、その感覚が必要なんだ。もちろん、それだけでなく写真の技術も必要だけどね」
すばやく被写体の本質を見極め、それを選択できる力が、アーティストとして大切な資質なのだ。多くの写真家は、被写体との信頼関係を話題にあげるが、ホーヴァットはカメラの前にいる人やものとの親密な関係をつくることには興味をもっていない。
「写真を撮るときに、自分と被写体との関係を構築しようとは思わない。カメラの前にいる人でさえもね。私は部外者なんだ。被写体があり、その写真を私は撮る。関係性をつくるのではなく、違うことをするね。想像したり、自分なりの解釈をしたり」
興味を惹く写真とは―――
1950〜60年代、ファッション写真業界の第一線で活躍していた当時のことを聞くと、自分のスタイルが独特であったわけでなく、いくつもの要素が重なってできた作品が、結果として評価されたのだという。
「その当時を思い出してみると、自分のカメラマンとしての才能が突出していたとは思えないね。ただ、複数のレベルでうまい具合に機能して、偶然にも興味深い作品ができあがったんだよ。編集側はドレスを綺麗に見せなければいけないと思っていたし、私はモデルの女の子のかわいさを引き出したいと思っていた。さらに、写真的に見ても構成がうまくできていたというように、さまざまなレベルの要素が織り込まれたんだ。
いい写真というのは、あなたのこと、私のこと、画像としてのこと、そして私たちが生きている時代のことと、複数の要素を語ってくれるもの。そんな風に一枚で語る写真を撮ることができたら、私はその作品に満足するよ。写真だけでなく、絵画や詩も同じ。いくつもの要素が織り重なっているからこそ、いいものになるんだ」
編集者の求めるもの、写真家が求めるもの、写真の技術的な課題は、それぞれに違う。いくつもの要素が調和して一枚の写真に写し込まれているからこそ、いい写真になるのだとホーヴァットは語る。もちろん、すべての要素が均等に振り分けられているわけではなく、場合によっては、ある一面がほかの面よりも前面に出てくることもある。多方面から鑑賞することができる写真こそが、深みのある作品となりえるのだ。
驚きを求めて―――
ホーヴァットは、報道、ファッションだけでなく、ポートレート、紀行写真、アート作品と、ジャンルを問わず自分の好奇心を満たしてくれるものを撮り続けているが、ひとつのテーマやこだわっている被写体があるわけではないという。
「つまり、もの自体に惹かれているのではなく、ものとものとの間に生じるその関係性に興味があるんだ。写真を撮るときに、被写体同士の関係を感じたり考えたりしながら、それらを表現することに挑戦している。どのようなアプローチで写真を撮るのか、もしくはどんな角度から被写体を見るのか、そういったことに興味をそそられるから、なんでも被写体になりうるんだよ」
ホーヴァトはインドやネパール、南アフリカやアジア各国など世界中を旅して紀行写真を撮っている。異国の地では、自分の想像を超えたことやものに出合い、驚くような体験をするのを楽しみにしている。生まれ育った文化とは違うものに実際に触れ、意外なことに邂逅(かいこう)したときにこそ、そこに被写体としての興味が生まれてくるという。
「一番大切なのは本質だろうね。何が本質なのかを見つけることだ」
違った環境においても、本質を見抜く力が、写真家の力量なのだろう。フォトジャーナリズムの写真にもいくつかの思惑が重なる。
「雑誌の編集部は異国を紙面で紹介して読者の興味を惹きたいと思い、カメラマンはいい写真を撮ろうと思い、個人として自分の旅行を友人に語りたい部分がある。本質を見極めつつ、いくつかのニーズをうまく写真に織り込んでいくと、おもしろい写真になるんだ」
新しいものへの挑戦―――
「飽きっぽい」と自己分析するホーヴァット。その言葉の裏には、つねに新しいことに挑戦する彼の気質が隠れている。1990年代はじめに草創期であったデジタル写真を最初に使い出した先駆者の一人である。デジタル写真のもつ多面性にホーヴァットは目をつけた。
「デジタルカメラで撮影すること自体に興味をもったのではなく、フォトショップでの写真加工の過程に新鮮さを感じたんだ。光を計算し、構図を決め、カメラに収めた際の作品である写真がひとつ。その写真をフォトショップで加工することで違った作品になった写真がひとつ。デジタル時代になったことで、写真制作にふたつの段階ができた。そのことにワクワクしたよ。まるで、ある晩にアイデアが頭に浮かんで、一気に作品を書きあげた小説家が、そのあと一年間かけて原稿の推敲を重ねるようなものだね。もちろん、今ではすべての写真をデジタルで撮影しているよ。写真撮影とその加工、どちらの過程も作品制作の重要な要素だと思っている」
2018年にホーヴァットは90歳の誕生日を迎え、写真家としての活動は70年近くに及ぶ。この節目に向けて、現在は2枚組写真の作品365点を制作するプロジェクトに傾倒している。一年間に相当する日数と同じ数の作品をつくり、美術館やギャラリーで展示するとともに、フェイスブックに毎日一枚ずつアップしていく予定だ。
「2枚の写真を組み合わせて並べることで生まれる何か、を探している。この2枚の写真には、構成に共通点があったり、同じ色があったり、トーンが似ていたりと、何かしらの通じるものがある。しかし、組み合わせがうまくいくことはまれなんだ」
このプロジェクトについて熱心に語る彼は、さらに続ける。
「昨日も一日中、いろいろな写真を合わせてみたけど、ひとつとして納得いく組み合わせは見つけられなかった。ずっと試してきているが、うまくできた作品は、まだ3つか4つくらいだ。とても難しいね。2枚組の写真は、画像というより、自分にとってそれがまた被写体となっているんだ。
ある2枚組写真を見たら昨日とは違った発見があり、明日にはまた違ったものが見えてくるものが、いい作品だといえるね。いつも同じだったら、おもしろくないだろう?」
70年のキャリアを経ても、ホーヴァットのアートへの探究心と好奇心は尽きることがない。
厳選のエスプリ―――
彼のフォト・スタジオの階下はちょっとしたフォトギャラリーになっていて、ホーヴァットが収集した白黒の写真が壁いっぱいに並んでいる。自分の作品はひとつもないが、自分が素晴らしいと思った写真のオリジナル・プリントを購入して鑑賞している。
写真家として長いキャリアと名声をほしいままにしたホーヴァットは、「素晴らしいと思える写真はめったにない」と正直な気持ちをもらす。しかし、世界には才能のある写真家がいて、感動を呼びおこす写真を撮っているという事実を心に留めておくために、広い階下のスペースにコレクションした写真を飾っているのだ。
ホーヴァットは、ロベール ドアノー、マルク リブー、ヘルムート ニュートンといった著名な写真家仲間へのインタビューをまとめた本『Entre Vues』(邦題:写真の真実)を執筆した1988年頃から、彼らの写真作品を手元に置きたいと思うようになり、自分が気に入った写真の収集を始めた。このインタビューを行った日も、ちょうど開催中だった写真フェア、パリ・フォトで、「若い写真家の素敵な作品があった」と嬉しそうに語っていたから、その作品を購入するのかもしれない。壁の上から下までところせましと飾られている、年代もテーマも作家もばらばらな写真たち。あるのは素晴らしい写真という事実だけだ。新しい作品を飾ろうとすれば、ほかの作品を取り外さなくてはいけない。選択することも、避けられない作業である。
自分自身の作品について尋ねると、「70年に及ぶ写真家としてのキャリアの中で、自分が納得できる作品は100点にも満たない」ともらす。卓越したものだけを見つめている職人であり、アーティストとしての妥協を許さない、美を追求する態度がうかがえる。
3回目の日本―――
ホーヴァットの来日は今回で3回目になる。60年代と80年代に日本を訪れた際の滞在はとても楽しかったそうだ。久しぶりの日本となる今回は、「どこに行こう?勧められた温泉に行こうか」と、90歳になっても活力に溢れる様を見せてくれた。