NEWS
2018.4.6 FRI
CONCERT
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2018
江崎 萌子(ピアノ)インタビュー
芸術を愛し支援したガブリエル シャネルの精神のもとに、毎年5名の若手音楽家たちに演奏の機会を提供する「シャネル・ピグマリオン・デイズ」。
2018年参加アーティストとして、1年間で全6回のリサイタルに挑戦するこのプログラムに参加している江崎萌子さん(ピアノ)は、すでに行われた2回の演奏会では、ユニークで意外性に富んだプログラミングと、豊かな感性でお客さまを魅了しました。高校卒業後18歳で渡仏し、パリ生活も今年で6年目を迎え、20代前半という年齢には思えないほど音楽家としての成熟を感じさせます。留学先のフランスでは巨匠と呼ばれる大物ピアニストたちとも交流し、さまざまな出会いが音楽の表現の源になっている江崎さん。これまでの音楽人生について訊ねました。
――江崎さんは18歳で渡仏され、パリ・スコラ・カントルム音楽院で1年学び、翌年にパリ国立高等音楽院に進まれましたが(第一過程を首席で卒業したのち、現在は同院の第二過程に在籍)、10代でフランスへ単身で渡った一番大きなきっかけは何だったのでしょう?
中学卒業後に桐朋の音楽科へ進んだのですが、桐朋は高校といってもすでに大学のような自由な雰囲気だったので、「高校を終えたら外国で学んでみたいな」と思ったのがきっかけです。パリに着いてみると言葉が通じなくて大変。パン屋さんに行っても欲しいものが伝わらなくて、落ち込んで帰ってきていました。白百合学園小学校からフランス語を少し学んではいましたが、言葉をかじったことがあるのとコミュニケーションできるのとでは全く違いました。スコラ・カントルムではパラスキヴェスコ先生に一年習って、翌年パリ音楽院に入りました。
――パリ音楽院での日々はどのようなものですか?
ドイツではアジア人が多い学校もあるようですが、パリ音楽院は基本的にフランス人を大事にしていて、まだちゃんと弾けなくても将来性を見込まれたとても若い学生もレッスンを受けています。最初の一年はエマニュエル シュトロッセ先生のクラスで学び、翌年から第一希望だったフランク ブラレイ先生のクラスに入りました。彼のもとで学んで4年目になります。ピアノのレッスン以外にも、室内楽やパリ音楽院が力を入れているアナリーゼ(楽曲分析)、和声、通奏低音など、さまざまな授業を取ることができます。
――日本で学んでいた頃と、何が一番違いましたか?
フランスでは友だち同士で演奏をすることが多いのですが、皆はっきりと意見を伝えてくれるのが新鮮です。仲がいいのはチェロとサックスの子で、彼らはピアノの曲を知らないけど「分からない」とは言わずに「そこの和声は信じられないくらい綺麗なんだから、もっと聴くための時間がほしい」とか、「リサイタルでは、お客さんがまだざわついているときに始めないほうがいいよ。僕のサックスの友人なんか、舞台に上がってからしばらくおもむろに目をつむるんだ。その方がカリスマティックだし、聴く側も聴く態勢に入るからね!」とか、感じたことをそのまま言ってくれます。彼らは普段オーケストラの作品を演奏することが多いので、オーケストラの耳を持っていますし、ピアニスト目線ではないところでコメントしてくれるのでとても面白いですね。
――江崎さんは20代前半の若いピアニストですが、演奏の内容が大変成熟していて、音楽の中に哲学的なメッセージを込められているように思います。
もしそう聴いていただけるなら、やはりフランスへ行ったことが大きかったのだと思います。パリではピアノのテクニックを習得したというよりも、人を観察したり、美しい時間を感じたりということが重要な経験でした。練習がまず基本ですが、本当に練習ばかりしているより、「生きること」が一番重要なのではないか…と思うようになったのです。精神面でも鍛えられたかも知れません。海外では自分を出していかなければ真摯に話を聞いてもらえないし、黙っていても何も伝わりません。自己主張をしなければダメなんだ…と覚悟をもつことで、物怖じしなくなったと思います。
――物怖じしないと言えば、2月の第1回目の公演のトークでは、パリでメナハム プレスラー氏(1923年生まれのピアニスト)にご自分のピアノを貸したエピソードをお話してくれましたね。
プレスラー氏のレコーディングで学生が譜めくりをするというプロジェクトがあって、それに応募したことがきっかけです。レコーディングは4日間で、最初の2日間だけお手伝いする予定が4日間すべてやることになって。
――巨匠から気に入られてしまったのですね!
レコーディングの前後にお話をしたり、ご飯に連れて行っていただいたりと、とても貴重な経験でした。一つの音にかける想いが物凄くて、そのフレーズを何度も何度も練習するんです。最近ではモーツァルトのレコーディングに立ち会いましたが、プレスラー氏があるソナタの最後のカデンツに合わせてパートナーに「アイラヴユー」と声をかけたんです。周りにいる人間が思わず息を呑んでしまうほど、愛に溢れている方ですね。美しいと思うこととは何か…深く考えさせられました。パリにいると日々の生活から、音楽とは何かという本質を考えさせられます。
――今後について、江崎さんご自身はどういうピアニストを目指しておられますか?
聴いてくださる方の一番大切な部分に働きかけられるピアニストになりたいです。聴いた後では聴く前と少し立ち位置が変わっていると感じられるような、聴き手の人生に寄り添える演奏をしたいです。それと同時に、音楽のあるべき姿を伝えていく使命も感じています。個人的な経験プラス、歴史の中で続いてきたクラシック音楽の伝統を、正しい形で後の世代に伝えていきたいと思っています。
2018年3月
取材・文: 小田島 久恵(音楽ライター)