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FEATURED

2019.7.1 MON

Pygmalion

シャネル・ピグマリオン・デイズ 2019
久末 インタビュー(後編)

インタビュー前編の続きです。

©T.Tairadate

- ドイツ留学して何年が経ちましたか

もうすぐ6年目を迎えます。学士課程は4年で、ドイツ フライブルクでの生活が2年を過ぎた頃、もっと外の世界も見てみたいな…と思い始め、3年生の時に1年間パリのコンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽・舞踊学校)に交換留学に行きました。そこでピグマリオンに参加した、務川慧悟くん(2017年参加)や江崎萌子さん(2018年参加)とも交流を深めました。

 

- パリ留学はもともと大学のプログラムに組み込まれていたのですか

いえ、自分で決めました。こういう交換留学のプログラムがあると聞き、「行きたい!」と思って。ヨーロッパの大学は交換留学が盛んで、フライブルク音大も多くの音大と提携しています。パリだけでなく、リヨンとか、ブダペストの音大など候補に挙がっていましたが、やはり歴史が深く、教育レベルも高いパリの音楽院を1年間ちょっと覗いてみようってことで、結局、パリを選びました。

 

- ドイツとフランスは違いますか

全然違いますね。ドイツのフライブルクはとても住みやすい、こじんまりとした学生都市で都会ではありません。一方、パリはとても刺激的。街自体のパワーが強くて、文化も根付いていて、色々な人がいるし、音楽大学自体も雰囲気はフライブルクと全然違います。パリ音(パリ国立高等音楽・舞踊学校)は中学生、高校生ぐらいの若いエリートも多く通う学校で、普通の中学校や高校に通いながら、音楽学校でも学んでいます。また、あえてそうしているのかどうかはわかりませんが、生徒同士の競争心を活かしているという感じはしますね。例えば、毎回の試験結果が開示され、名前と評価が出ちゃうんです。貼り出されたり、同じクラスの人たちの前で評価を言われたり。だから生徒同士は、否が応でも、競争心を持たざるを得ない環境かもしれません。ドイツだと年齢層もパリよりもやや高めで、そこまで年齢に重きを置いてないと思います。その人自身が「何が出来るか」、むしろ歳を重ねてきているからこそ、若い人たちよりももっと色々なことを今まで勉強してきたのではないか?という見方だと思います。

 

- フライブルクに3年、その後パリに1年滞在し、現在はベルリン在住ですね
はい、フライブルク音大を卒業後、ベルリン芸術大学の大学院に在籍しています。

 

©T.Tairadate

- 高校卒業後、ドイツに渡っているからか、日本では久末さんのことをご存じない方も多いかもしれません。そんな中で一躍注目を浴びたのは、世界最難関のピアノコンクールの一つ「ミュンヘン国際ピアノコンクール」第3位入賞だと思います。なぜ受けようと思ったのでしょうか

フライブルクに留学してから、頭の片隅に「ミュンヘン国際」という大きな目標はありましたが、決心して準備をし始めたのは、コンクールの6カ月~9カ月ほど前だと思います。自分のレパートリーに課題曲はほとんどなく新曲ばかりだったので、集中して取り組みました。長期間に渡るコンクールはこれが初めてだったので、どこまで出来るのか自分で確かめたかった。小さいコンクールで受賞しても、大きなコンクールで勝負しない限りは、自分の本当の実力だとか、精神力は測れないと思っていました。自分の可能性を知りたいという気持ちと、もちろん賞を取りたいという気持ち。あとは、コンクールを受けるまでの留学してからの3年間、「自分が何を勉強して、吸収出来たのか知りたい」という好奇心が大きかったです。

 

- コンクールとコンサートでの演奏に違いはありますか

大切なのは、聴き手に何を届けられるか、何を伝えたいかだと思うので、審査員を前にしても、一般のお客様の前で演奏するのも、そこは変わらないと思います。飛びすぎた解釈やミスタッチの連発など、コンクールで避けなければならないことがあるのは事実ですが、僕の場合は演奏で「伝えたい想い」は、基本的に全く変わりないんです。

 

- 演奏中、何を考えて弾いていますか
感情を表現することは、音楽の醍醐味の一つだと思います。言葉では到達出来ないような、微妙な心のひだや、感情の起伏だとか、凄まじい怒りだったり、喜びの爆発だとか・・・色んな感情を演奏で表現し呼び起こすことが一つの目標で、僕がすごく大切にしていることです。舞台の上に自分1人でピアノの音を使って、どんな表情や感情、どんなメッセージをお客様に伝えられるか。お芝居の役者さんも、たとえば怒りや喜びを表現するとき、大げさにしないとお客様に伝わらないですよね。舞台の上で自分だけで完結してしまっては、お客さんは全然共有出来ないと思うんです。そういう外を向いた表現っていうのは、ピアノを弾く上でもすごく大事だと思います。

 

- 演奏を通してお客様に伝えたいことがありましたら教えてください
「曲の素晴らしさを知ってもらいたい」という気持ちが強いです。余談ですが、子どもの頃おもちゃのピアノを抱えて、ご近所さんのインターホンを次々に押して、インターホン越しにピアノの音を聴かせ回っていました。変な子だったんですよ(笑)ご近所の皆さんも「はいはい、またワタルくんね」といった感じで毎回対応してくれて。幼い頃から自分が「すごく良いな」、「好きだな」と思う音楽を、他人と共有したい気持ちがあったんですね。演奏活動を始めてからも、小さい頃からの根本的な想いは変わらないと思います。お客様には、僕のピアノを聴いて欲しいというよりも、久末航のピアノを通して、その曲の世界観や素晴らしさに浸って欲しいという気持ちです。

 

- どのようなピアニストになりたいか教えてください
ありきたりな答えになりますが・・・音楽に対する尊敬の念を忘れずに、曲の素晴らしさを多くの人たちに伝えられるピアニストになりたいです。演奏で自分を全面にアピールするのではなく、その作品自体の素晴らしさを伝えられる、ある意味仲介者のような表現者というか。だから今回のシャネル・ピグマリオン・デイズの全6回のプログラムも、かなり凝ったものに仕上がったと思います。あまりコンサートで演奏されない素晴らしい作品を多く取り上げているので、僕のピアノを通して、初めて曲に触れるお客様もいらっしゃると思います。ピアニストとして作曲家の作品を伝えていくことは責任重大で、お客様が「どう受け止めてくれるか」は怖い部分ではありますが、同時にとても楽しみです。

 

取材・文/シャネル・ネクサス・ホール

 


 

久末 航(ピアノ)Wataru Hisasue
シャネル・ピグマリオン・デイズ2019 参加アーティスト

14 歳で京都青山音楽記念館バロックザールにてピアノリサイタルを催し、2009 年度青山音楽賞新人賞を史上最年少で受賞。第7 回リヨン国際ピアノコンクール第1位および聴衆賞、またドイツで最も歴史あるコンクール、メンデルスゾーン全ドイツ音楽大学コンクールでは第1位およびDeutscher Pianistenpreis賞を受賞。2017 年には、世界的に権威ある第66 回ミュンヘン国際音楽コンクールで第3位、および委嘱作品の最も優れた解釈に対して贈られる特別賞を受賞し、一躍注目を浴びる。滋賀県立膳所高等学校卒業後、渡独。ドイツ・フライブルク音楽大学にてギレアド ミショリ氏に師事し、最優秀の成績で卒業。パリ国立高等音楽・舞踊学校での交換留学を経て、ベルリン芸術大学大学院にてパスカル ドゥヴァイヨン氏に師事。現在同大学院2年次在学中、クラウス ヘルヴィッヒ氏のもとで研鑽を積む。

オフィシャルウェブサイト:https://www.wataruhisasue.com/

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