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2017.6.26 MON
INTERVIEW
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2017 参加アーティスト
務川 慧悟(ピアノ)インタビュー
物静かな雰囲気の持ち主ながら、ピアノの前に座ると華やかな魔術師のように大胆でカラフルな世界を繰り広げる、務川慧悟さん。東京芸術大学1年次に日本音楽コンクールで優勝を果たし、その大きな才能に注目が集まっていましたが、本人は常に謙虚で、音楽に対する真摯な姿勢が感じられる演奏家です。シャネル・ピクマリオン・デイズでは、一貫してラヴェルの作品をプログラムに取り入れ、留学先のフランスで学んだ様々なことをお客様に伝えていきたいと言います。
―――パリ音楽院に留学されて3年目ですが、日本での授業と一番違うところは主にどんな点ですか?
そうですね…フランスではアナリーゼ(楽曲分析)の授業がとても充実していて、「フランス人は曲の構造を分析するのが好きなんだなあ」と思います。芸大でもアナリーゼの授業はありますが、全くやり方が違いますね。フランス人は本当に好きでやっている感じがします。今は慣れましたが、渡仏した最初の半年間はフランス語がほとんど話せない状態だったので苦労しましたが、ようやく不自由なく会話出来るようになりました。
―――務川さんの留学生活をつづったブログでは、朝から語学を勉強されている様子が綴られていて、とても興味深く読ませていただいてました。演奏活動は10代の頃からやられていたのですよね。
本格的に忙しくなったのは日本音楽コンクールで賞をいただいた19歳の時からです。そこから一気に忙しくなりました。
―――2012年の第81回日本音楽コンクールで、1位を受賞されてからですね。
その時はまだ19歳で、ステージに出てピアノの前まで歩いて行くのに緊張してしまって… 人前で演奏するのはそれほど苦手ではありませんが、人から見られることに慣れていなかったんです。そこから週1回くらいのペースで弾くようになって、今では人前に出るのも慣れました。『慣れとはこういうことなんだ…』と実感しています(笑)
―――シャネル・ピグマリオン・デイズではとてもユニークなプログラムを組まれていて、すべての回にラヴェルの曲が入っています。ラヴェルとベートーヴェン、ラヴェルとバッハなど、毎回少しずつ趣向が変わっていますね。
ラヴェルは僕がパリに行ってからハマった作曲家で、もともと同じフランスの作曲家でもドビュッシーが好きだったんです。パリの冬は暗くて、建物が一色なので、寒い季節は白黒写真みたいな風景になるんですけど、その風景を見ながら散歩するのに合うのがラヴェルなんですよ。すごく完璧に作られていて…本人も完璧主義者だったようですが、そういう整ったものを愛する世界観が僕に近いと思っています。あとはスペイン的な色気も持っていて、その両極の要素が、とても個性的だなと思いますね。
―――シャネルのリサイタルではラヴェルの曲を全曲演奏されますが、ラヴェルのピアノ曲というのは意外にも膨大ではないんですね。
全曲といってもCD2枚くらいに収まる量なんです。今まで弾いたことのある作品がほとんどですが、ひとつ残っているのが『夜のガスパール』で、これは本当に大変ですね…テクニック的にも高度ですし、内容的にもグロテスクなラヴェルの趣向というのも詰まっています。すごい音楽です。
―――フランス音楽が体質に合っているのでしょうね。その中でもラヴェルが務川さんの感性にぴったりハマったのでは。
パリ音楽院に留学して半年くらいは、フランス音楽ばかりやっていました。ドビュッシーのプレリュード1巻を勉強して、フォーレも勉強して…そういう中で、ラヴェルがものすごく自分に合うかも知れないと発見したんです。去年は時間がある時に、ラヴェルの生家と、最後に住んでいたパリ郊外の家を訪れて、色々見ました。
―――生家はバスク地方ですよね。
そうです。バスクの方はラヴェルが0歳のうちに離れてしまったので、それ自体がどれだけ影響を与えているかは分かりません。でも、『スペイン狂詩曲』や『ラ・ヴァルス』の民族的な面や明るい面が、あの土地にはあったと思います。家の中には入れなかったのですが、とてもいい場所にあるんですよ。森と海があって…。
―――ラヴェルのバレエ音楽『ダフニスとクロエ』の世界ですね…。
そうですね。ラヴェルはバスクの血を誇りにしていたので、あの景色はずっと彼の原風景として記憶にあったのかも知れません。パリの終の棲家の方は、几帳面なラヴェルの性格が現れた家で…日本の陶器のコレクターだったようで、食器棚に几帳面に並べてあるんですよ。洗面用具のコレクションもしていて、ものすごい数の爪切りや甘皮取りなどがありました。身だしなみを整える道具も集めていたんですね。
―――ダンディなラヴェルらしいエピソードですね。
ラヴェルは子供の世界が好きで、最後の家もものすごく小さいんです。そう頼んで作ってもらったらしいですが。ラヴェルは身長が低かったので、それに合わせてドアも小さく作って…大柄なヨーロッパ人は入れないくらい。小さな世界に魅せられた人なのかな…。
―――ラヴェルの父親は時計職人でしたし、精巧でミニチュアールな小世界が好きだったのかも知れませんね。ドアまで小さかったとは!ところで、プログラミングがとても興味深くて、ラヴェルと正反対の作曲家との組み合わせの回も多いですね。
毎回テーマがありまして、シャネルで演奏する全6公演のうち、はじめの2公演は『ソナタ形式』や『舞曲』といったくくりで、ラヴェルとベートーヴェン、ラヴェルとバッハとショパン、といった組み合わせを考えました。3回目の公演(5/6)では、前半で「◎◎風◎◎」というタイトルの曲を多く取り上げてみましたが、後半は少し趣向を変えて、印象派の発生と水をテーマに、「水の戯れ」とリストの「伝説」を組み合わせて演奏する予定です。
―――リストとラヴェルは色彩感としても様式感としても、共通点があるような気がします。反対に、ショパンはドビュッシーに近いのかも知れませんね。
技術的にもそうかも知れません。ラヴェルもリストも、色々音で表現して細かいことをたくさんやった後、少ない音で静かな世界に到達する、そんな作品がいくつかありますが、そこに到達した瞬間の感動がどちらもすごいんです。静寂の世界というか、枯淡の境地というか…クレシェンドをして頂点に達したあと、急に静寂になる。リストもラヴェルも、そこが弾いていて最も感動しますね。
―――なるほど…パリでの学びが、さらに務川さんの表現を豊かにしているのでしょうね。
パリは多彩な文化が集まっている街なので、そこから学ぶことも「多彩さ」なんです。ラヴェルと色んな作曲家を関連付けて演奏したいと思ったのも、ラヴェルの色々な面を見せたいと思ったからです。パリ音楽院自体も色々な国籍の人たちがいるので、音楽だけではなく幅広く学べます。
―――東京にいるより、今ではパリにいる方がリラックスできるのかもしれませんね。最後に、どんな演奏家になりたいか教えてください。
自分自身を売り込む…というよりも、何より作曲家が伝えたかったことを大切にして、底の部分にある音楽の深い魅力を伝えていきたいと思っています。謙虚さを失わないでずっとやっていくというのが、一番心掛けていることなんです。
2017年4月
取材・文: 小田島 久恵(音楽ライター)