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2017.6.5 MON
INTERVIEW
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2017 参加アーティスト
嘉目 真木子(ソプラノ)インタビュー
華やかな容姿と正確で伸びやかな美声で、オペラ・ファンの間ですでに注目を集めはじめている嘉目真木子さん。その才能は日本の若手歌手の中でも際立っていて、メジャーなモーツァルト・オペラにはほぼすべて主役級の役で出演し、宮本亜門氏をはじめとするベテラン演出家たちからも厚い信頼を得ています。オペラとオペレッタのプリマドンナとして今後の活躍が期待される彼女が、シャネル・ピグマリオン・デイズで挑戦したいことは何なのか…素晴らしいイタリア歌曲のソワレの後、お話を伺いました。
―――嘉目さんといえば宮本亜門さん演出のモーツァルト・オペラでスザンナやパミーナなどたくさん主役を歌われている方、というイメージがあります。
ありがとうございます。オペラ以外のコンサートも、デビュー以来色々やらせていただくことが多かったんですが、やはりどうしてもお客様の喜ぶプログラムを念頭に置いて作らなければならなくて…学生時代の勉強だけでは足りないところもありましたし、日々に忙殺されて本当にやりたいものが出来ないまま、ここまで来てしまった感がありました。シャネル・ピグマリオン・デイズでは自分がやりたいことをやらせていただけるというお話だったので、本当に今歌いたい・皆さんに聴いて欲しい曲が出来ると思って応募したんです。自分ですべての曲を選べるのがとても画期的だし。歌っていてもとても楽しいのです。
―――2013年にはオペラ出演で忙しい日々を縫って、イタリア・フィレンツェに留学をされていますね。今夜(4/29)の素晴らしいイタリア歌曲は、フィレンツェでじっくり学ばれてきたものなのでしょうか?
イタリア古典歌曲に関しては学生時代も勉強はしていたのですが、発表する機会がなかなかなくて…フィレンツェでは先生の指導が厳しくて、ゼロからやり直したような曲もありました。今日歌ったザンドナーイの曲などは、資料があまり残っていなくて随分苦労しましたね。
―――ザンドナーイの「刹那」という曲ですね。聴いていてものすごく憂いのある、複雑な曲に聴こえました。
恋人に対して、『私のことを愛していると言ってくれたことはなかった…私はそういう言葉を求めていたのに、結局言ってくれないのね』という、不満から始まるんです。でも『あなたのやつれた顔に、言葉ではない愛の物語を見た。それを見て私は幸せよ』という歌なんです。イタリア人って、思ったことをすぐに言葉にすると思っていましたから、こういうもどかしい心情も本当は持っているんだなぁと驚きました。イタリア的感覚からすると、かなりもどかしいと思いますね。
―――ザンドナーイの曲って、私はオペラ《フランチェスカ・ダ・リミニ》しか知らないので、嘉目さんのリサイタルで彼の「刹那」を聴けたのはとても得した気分です。
作曲家の名を冠した有名な国際コンクールもあるんですけど、特殊な曲が多いですからね。今回選曲で入れたのは、ザンドナーイが女性を想定して書いた曲で、聴いてみてしっくりきたんです。そうじゃない曲もあって、面白い作曲家だなと思いました。楽譜を見て、やりたいと思う曲は山のようにあるんですけど、プログラムのバランスと、自分の声がどれくらい耐えられるのかとか、色々考えて取捨選択しますね。
―――その点がオペラと違う点でしょうか。演出家の視点を自分に取り込んで、選曲・プログラミングから歌唱まですべてお一人でプロデュースするという…。
まさに、このシャネルのシリーズではそれをやりたかったんです。オペラの方が気持ち的には楽なんですよね。自分がニュートラルでいさえすれば、演出家の方がイメージすることや指揮者のやりたいことに身を委ねていればいいから。リサイタルとなると、自分がすべて発信していかないといけないので、オペラよりずっと大変だなと思っています。
―――嘉目さんには、自分のお仕事をルーティンにしないで、つねにゼロからリセットする人だというイメージがあります。もう誰が見てもプロなのに、あえて学生コンクールに挑戦されたり、日本でのお仕事が忙しくなってきたときにフィレンツェで一から声楽をスタートされたり…「必ずベーシックに戻る」というのは、嘉目さんのポリシーなんでしょうか?
基本的に…自分がいつまでたっても「下手だ」って思っているんですよ。下手だから練習しないと。自分の録音聴いても下手だな~って思うし、いつも理想から程遠いなあって思っています。
―――下手では…ないと思います!(笑)たとえば、嘉目さんがいいなと思う歌手はどんな人たちですか?
マリエッラ デヴィーアが好きですし、アンナ ネトレプコも好きです。
―――ネトレプコは、プロの方は嫌う人が多いですよね。
今でこそネトレプコは大スターだから何を歌ってもネトレプコが歌っているように見えるんでしょうけど、若いころは本当にその役にしか見えないほど役と一体化していたんです。私もスザンナを演じる時は「嘉目がスザンナをやってる」じゃなくて、嘉目を捨てたいんですね。歌手は、最終的に作曲家の残したものを後世に伝えていく媒体に過ぎないので…なかなかナルシストにはなりきれないです(笑)。
―――ナルシストではないんですね。歌手はナルシストが多いものなのではないかと…。
自分にとっては一番欠けている部分だと思います。自己否定というものとも違うんですが…芸事というのは厳しさがないといけないと思いますし、そんなふうに厳しく打ち込んでいる人を尊敬します。
―――シャネル・ピグマリオン・デイズでは毎回異なるテイストのプログラミングで、違った魅力を見せてくださいますね。例えば5月27日は宗教曲を集めたプログラムです。ヘンデル、ペルゴレージ、メンデルスゾーン、ヴィヴァルディ…。
ここでは、フィレンツェで留学した時にホ―ムステイしたおばあちゃんから仕込まれたものが生きると思います(笑)。彼女は教会の病院で働いていて、オペラや歌曲をよく歌う人で、イタリア語で間違ったことを言うとすぐに直してくれる人でした。宗教曲って、愛とか恋とかとは違う世界なので…いってみれば自分より大きな、親以外の存在に「あなたは許されています」っていう感覚で包まれることですよね。今までに経験ないので、すごく不思議な感覚で勉強をしています。
―――一種の法悦のような感覚。今日(4/29)のアンコールのマスカーニの「アヴェ・マリア」では、ラストで素晴らしく神懸かった高音を出しておられました。次のシリーズの序章になる歌だと思って聴いていました。
そしてその次(6/17)は日本の歌曲です。このジャンルはつくづく奥が深いなぁと驚いています。発音は、外国語の歌を歌うよりも負荷は少ないと思うんですけど…そのぶん詩の世界が大変。日本人って侘・寂の世界ですから、より詩の行間を読む作業が必要になってくる。学生のころから歌ってきた曲も入れましたし、バランスを見て新たにピックアップして必死に勉強している曲もあります。
―――シャネル・ネクサス・ホールはお客さんとの距離がとても近いですが、歌われていていかがですか?
ものすごく真剣に聴いてくださっているのがわかるし、私にとってはとても居心地がいいですね。声の響きも心地よいですし。お客さんとの距離が近いのもとてもいいと思います。毎回、この場にフィットするテーマのリサイタルをプログラミングするのが楽しみなんです。お客様に曲を真剣に説明しようとすると緊張気味になるので、MCは大変ですけど(笑)。
2017年4月
取材・文: 小田島 久恵(音楽ライター)