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FEATURED

2019.2.1 FRI

Pygmalion 15th

シャネル・ピグマリオン・デイズ 2013
千葉 清加 インタビュー

今年で15年目を迎えるシャネル・ピグマリオン・デイズ。昨年までに73名の若手音楽家たちがこのプログラムで演奏の経験を積み、アーティストとしての一歩を踏み出してきました。15年という節目を迎え、これまでに参加してくださったアーティストたちの「いま」をご紹介するインタビューシリーズを、今月よりスタートいたします。

第1回目は、2013年参加アーティストであり、現在日本フィルハーモニー交響楽団 アシスタント・コンサートマスターとしてご活躍の千葉清加
ちばさやか
さん(ヴァイオリン)のお話をお届けいたします。

 

©T.Tairadate

シャネル・ピグマリオン・デイズ2013年参加アーティストの千葉清加
ちばさやか
さんは、日本フィルハーモニー交響楽団でアシスタント・コンサートマスターを務めるほか、ソロや室内楽でも活躍めざましいヴァイオリニストです。シャネルではソリストとしての演奏会のほか、室内楽シリーズにも登場し、ハードなスケジュールのなかストイックに研鑽を積み、大きく飛躍されました。一流の演奏家として向上心を保ち続け、つねに聴衆に温かい感動を与える千葉さんに、当時のリサイタルの思い出と、現在のオーケストラでの活動についてお話を伺いました。

 

 


 

 

千葉 清加(ヴァイオリン) Sayaka Chiba
シャネル・ピグマリオン・デイズ2013 参加アーティスト

東京芸術大学卒業、安宅賞受賞。第72回日本音楽コンクール第3位。第3回仙台国際音楽コンクール第5位。これまでに、ミッシャ マイスキー、ユーリー バシュメット、ヴァレリー オイストラフなど、国内外の多くの著名な演奏家と共演を重ねており、ラ・フォル・ジュルネ(仏ナント)、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、サイトウ・キネン・フェスティバル松本、別府アルゲリッチ音楽祭などの音楽祭にも出演。これまでに東京交響楽団、香港フィルハーモニー等、国内外のオーケストラとソリストとして共演。これまでに、清水高師、ジェラール プーレの各氏に師事。室内楽を岡山潔、山崎伸子の各氏に師事。2014年4月より、日本フィルハーモニー交響楽団 アシスタント・コンサートマスター。
千葉清加 公式ホームページ: https://www.sayakachiba.com/

ピグマリオン・デイズでの演奏風景(2013年12月) ©CHANEL NEXUS HALL

「2013年に参加させていただいたシャネル・ピグマリオン・デイズの計5回のリサイタルは、私にとって貴重な経験でした。1年間に5回もリサイタル、しかも全て違うプログラムで臨むことは私のこれまでの経験になかったことで、チャレンジでもありました。しかも9割がた初めて取り組む曲で、いまでも『本番では緊張していないように見える』とお客様からおっしゃっていただきますが、楽屋からこのまま逃げ出したい!と思っていました(笑)でも、音楽と真摯に向き合い、情熱を昇華させた過程をお客様に受け止めてもらえた瞬間は、何にも代え難く尊いものがあり、それまでの努力が報われます。」

自由な選曲が出来るシャネルの演奏会でも、年間プログラムの9割が新しい曲というのはとても大きな挑戦です。決して保守的にならず、音楽家として攻めの姿勢をキープしていこうとする千葉さんの潔さを感じます。

「実は、シャネル・ピグマリオン・デイズの合間にオーケストラの演奏会も入っていて、ハードなスケジュールでした。けれど今となってみると、オーケストラの演奏会とシャネルでのリサイタルを同時に行っていたことは、相乗効果があったように思います。真っ向から音楽と向き合っていると、たまに向き合いすぎて行き詰まってしまいますが、そういうときに一旦曲を離れて俯瞰してみると、何かヒントが得られることがあります。『ブラームスのあのシンフォニー(交響曲)のメロディーのように、このソナタのメロディーを弾いてみたらどうだろう』とパズルの断片のようなヒントを見つけて、実際に弾いてみると急に腑に落ちたり…。自分のパートの譜面やピアノの譜面だけに集中しすぎて答えを見つけられないとき、作品を俯瞰して考察して、ヒントを発見できたときには、パズルがはまった感覚でした。同じ作曲家の別の作品を学びながら、曲を創り上げていくというスタイルを1年続けたことは、とてもよい経験でしたね。」

 

ピグマリオン・デイズでのトーク風景(2013年10月) ©CHANEL NEXUS HALL

シャネル・ピグマリオン・デイズでは、演奏の合間にアーティスト自身がお客様を目の前にして、演奏曲目や作曲家、日々の音楽活動についてなど、自由にトークをする場面があります。初めてトークを経験するアーティストも多く、ほとんどの方が当時を振り返って『とても緊張した』と語ります。千葉さんもそのひとりでした。

「家族や友達、先生の前でトークの練習をしていました。家族にビデオを撮ってもらってあとで見直すと、思っていたより早口だったり、自分が思っていた声のトーンと違っていたりして、もっとゆっくり喋ったほうがいいかなと気づいたり。性格が猪突猛進タイプなので、周りが見えなくなってしまうんです。だからこそ客観性を持たなくてはと必死でした。」

©T.Tairadate

演奏会という場で、受け手であるお客様との調和と喜びをつねに目指していく千葉さん。彼女には「美のメッセンジャー」と、極限まで自己に努力を強いる「情熱家」のふたつの要素が感じられます。

「シャネル・ピグマリオン・デイズ アーティストの1年間、睡眠時間はだいたい5時間くらい。実は2013年に参加したピグマリオンより、2006年の室内楽シリーズに参加したときのほうが大変でした。何しろ初めて取り組む様々な編成の室内楽曲を、一週間に6曲ほど演奏しなければなりませんでした。朝から晩まで密にリハーサルを行って、帰宅してからは復習。睡眠時間は2〜3時間でした。それから毎年、室内楽シリーズに出演させていただいたのですが、室内楽のレパートリーもたくさん増やすことができましたし、ご一緒した素晴らしい先輩方にも教え導いていただきました。そのときの先輩方とのご縁は今も続いています。また、ネクサス・ホールはお客様との距離が近いので、お客様の熱気やリアクションを直に感じながら一つの演奏会を創り上げる過程を習得していきましたし、ドレスやヘアメイクについてもアドバイスをいただいたことで美的感覚も磨かれていったと思います。」

 

2018年11月開催室内楽シリーズのリハーサルを見学 ©T.Tairadate

シャネル・ピグマリオン・デイズで1年間、ソリストとして演奏経験を重ねてきた若手音楽家たちの更なる成長のために、シャネルでは毎年6月と11月に室内楽のコンサートシリーズを開催しています。アーティスティック・ディレクターである大山平一郎先生の厳しい指導が入り、限られたリハーサル期間内で演奏を完成させるという課題が与えられます。

「高校時代も大学時代も室内楽の授業があり、メンバーが一部交代しながらも学生時代はカルテットを続けていました。ある程度、室内楽というものを分かっていたつもりでいましたが、その考えは浅はかだったと思うほど、大山先生からは非常に厳しい指導を受けました。」

「室内楽シリーズでは、東京クヮルテットのマーティン ビーヴァーさんや新進気鋭の若手ヴァイオリニストのポール ホアンさんなどとご一緒させていただく機会にも恵まれました。大山先生からは、彼らのような素晴らしい演奏家と対等に演奏するためにはどのように表現し、奏でれば良いのかということを徹底的にご指導いただきました。日本人は周りと同調することが美学だとされる文化がありますよね。ですが、西洋では個人の表現や主張が必要になります。私たちが演奏するクラシック音楽は西洋文化。だから、演奏するときだけは日本人的感覚を持ったままではいけない、とアドバイスいただいたことを覚えています。」

©T.Tairadate

シャネルでの演奏の機会を通して、音楽からライフスタイルに至るまで細かな指導を受けたことで、演奏家として急成長を遂げたと語る千葉さん。

「たった一人で演奏する曲は、無伴奏曲以外はありません。コンチェルトでもソナタでも共演者がいて、必ずアンサンブルが必要になります。自分のパートを一生懸命演奏しますが、没頭しすぎてもいけません。アンテナを張りめぐらせて、共演者がどのように演奏しているのかを察しながら演奏します。共演者が『今どのように弾いているか』を0.1秒くらいでキャッチして、『自分がどのように弾くべきか』を同時に判断します。リハーサルを重ねて、本番で同じ楽譜を見て弾いても、そのときの心や身体のコンディションによって演奏は変わるんです。本番で起こるひらめきがあったり、秘めていたエネルギーが放出されたり…その瞬間瞬間の対話を楽しむ。音楽が生きていると感じる瞬間ですね。オーケストラで演奏するときは、室内楽よりもアンテナの本数を増やします。全身を『耳』にするイメージです。室内楽での経験が、オーケストラでの演奏にも発揮できています。」

 

写真提供:日本フィルハーモニー交響楽団 ©山口敦

オーケストラの中にあって、指揮者の意図を演奏家全員に伝えるコンサートマスターは重要な役割です。千葉さんはこのコンサートマスターと、さらにコンサートマスターを隣で支えるアシスタント・コンサートマスターの両方を務められています。

「リーダーシップは圧倒的にコンサートマスターが取ります。アシスタント・コンサートマスターは、指揮者の意図を伝えるリーダー(コンサートマスター)の補佐役…いや、『補佐』という言葉では弱いですね。コンサートマスターの伝達をよりオーケストラの隅々まで行き渡らせ、オーケストラの運びがより明確に、スムーズに一体化できるように導く役割だと思っています。」

プロのオーケストラのスケジュールは概ねハードで、心身のバランスを取りながら演奏活動を続けていくのは大変なことです。そんな日々の中、千葉さんが輝き続け、毎回豊かな演奏を続けられる秘訣は何なのでしょう。

「もちろんハードスケジュールで疲労困憊になることはありますが、全員で困難を乗り越えたときの達成感は語り尽くせないものがあります。最近は、体力作りとメンタルのバランスを整える為にヨガも習っているんです。瞑想をしてからヨガを行うことで思考がクリアになりますし、パワーヨガという筋肉を強化するヨガで体幹も鍛えられました。しなやかな筋肉を少しずつ手に入れていくことで、楽器と身体が一体化するイメージに少しずつ近づいてきています。声楽家と同じように、ヴァイオリニストも自分の身体が楽器になるのではないかな、と最近考えています。」

©T.Tairadate

アスリートにも似た調整と忍耐が求められるクラシック演奏家。さまざまな境地を経て大きく成長した千葉さんに、今後挑戦したいことをたずねました。

「まだやっていないヴァイオリン・ソナタもありますし、イザイ全曲演奏会というのもいつか実現してみたいです。2013年のピグマリオン・デイズでは、ストラヴィンスキーの『イタリア組曲』のハイフェッツ&ピアティゴルスキー編曲版をチェリストの方と一緒に演奏させていただきましたが、小学校一年生のときにイスラエル出身で世界的ヴァイオリニストのイツァーク パールマンが弾いていたのをサントリーホールで聴いて、ずっと憧れていた曲でした。ホール全体を幸せの空気で包み込む不思議なパワーの虜になって…。私もパールマンのようにお客様を笑顔にできる演奏家になりたいと思いました。母にすぐ『イタリア組曲』の楽譜を買ってもらいましたが、先生には『イタリア組曲を弾けるようになるまでにはやることがいっぱいあるから、今は一生懸命練習しようね』と言われて、いつか弾けるようになるその日を目指して大切に楽譜を保管していたんです。私は他人に自分の気持ちを伝えるのが苦手だったけれど、音楽なら自分の感情を素直に表せるから子供の頃から音楽に没頭していました。今でも心の奥底にある感情を言葉にしようとしても、伝え切れないものがあるけれど、音楽なら心を映し出し伝えられる気がしています。」

「音楽にはゴールがなく、追い続けているものが宇宙の彼方にある感じなので、夜空を見上げたとき星を見て『遠いけれど、いつかあの場所に行きたい』と思うのと似ています。『輝きを放つ星を目指して、私は前進し続ける』という感じですね。」

 

取材・文:小田島 久恵(音楽ライター)

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