FEATURED
2019.5.8 WED
Pygmalion 15th
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2010
瀧村 依里 インタビュー
今年で15年目を迎えたシャネル・ピグマリオン・デイズ。昨年までに73名の若手音楽家たちがこのプログラムで演奏の経験を積み、アーティストとしての一歩を踏み出してきました。15年という節目を迎え、これまでに参加してくださったアーティストたちの「いま」をご紹介するインタビューシリーズを、2月よりスタートしました。
シリーズ第4回目は、シャネル・ピグマリオン・デイズ2010年参加アーティストであり、現在、読売日本交響楽団(読響)の首席奏者 瀧村依里さん(ヴァイオリン)にお話をお伺いしました。
© T. Tairadate
瀧村 依里(ヴァイオリン) Eri Takimura
シャネル・ピグマリオン・デイズ2010 参加アーティスト
神戸市出身。第54回全日本学生音楽コンクール、第3回東京音楽コンクール、第8回フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウスコンクール、第77回日本音楽コンクールにて第1位。これまでに国内主要オーケストラと共演、各地でソロリサイタルを開催するほか、(財)地域創造公共ホール音楽活性化事業登録アーティストとして多彩なアウトリーチ活動を展開中。東京藝術大学附属高校を経て同大学を首席卒業、同大学院修了。ロームミュージックファンデーションの助成を得て、ウィーン国立音楽大学大学院を修了。平成25年度神戸市文化奨励賞他受賞多数。現在、読売日本交響楽団首席奏者。
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2010年参加アーティストの瀧村依里さんは、現在読売日本交響楽団(読響)の首席奏者として、オーケストラとともに多忙な日々を送っています。時代の最先端を行く多彩で冒険的なプログラムと、伝統的なオーケストラの重厚さを併せ持つ読響で、首席奏者という重要なポジションにある瀧村さん。第77回日本音楽コンクールで優勝し、若い頃から才能を認められていた瀧村さんにとって、大学院生時代に経験したシャネル・ピグマリオン・デイズのプログラムは大いなる成長をもたらしたといいます。その後ウィーンに留学し、瀧村さんの感性はさらに大きく花開き、「オーケストラで演奏したい」と願うようになります。2015年に正式団員となった読響での活動の合間を縫って、アウトリーチ活動も精力的に行い、音楽を通じた社会貢献も行っている素晴らしい芸術家です。
©T. Tairadate
「ヴァイオリンを始めたのは4歳からです。祖父が趣味で大人サイズのヴァイオリンを持っていて、それが羨ましくて『おじいちゃんに習いたい』と言っていたみたいです。そこで『ちゃんと習ったほうがいいよ』という祖父のアドバイスで、先生につくことになりました。祖父母や両親にヴァイオリンを聴いてもらうことが好きで、いつも家の中で発表会ごっこをしていました(笑)。学校で16時まで遊んで、帰ってきて17時から18時まで演奏するのが日課でしたね。練習が嫌だと思ったことは一度もなかったです。日常の一部みたいな感じでした」
演奏家の魅力に目覚めたのは、イスラエル生まれの指揮者でもあるヴァイオリニスト、ピンカス ズーカーマンがソロを弾くブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』のCDを聴いたことがきっかけでした。
©T. Tairadate
「指揮はズービン メータさんで、二人がジャケット写真のCDを聴いて、いつかブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾けるようになりたいと思ったんです。曲が好きだったんですね。2008年に日本音楽コンクールで第1位をいただいたときも、出場のきっかけはブラームスが課題曲に決まり、全力で取り組んでみたいと思ったことでした。本格的にヴァイオリニストになりたいと思ったのは中学生のときで、練習量も増えていきました。そこから無我夢中で歩んできましたが、コンクールの後に、ふと人前で弾くことが怖くなってしまったんです。音楽が好きで楽しく演奏してきたけれど、演奏家としての責任を感じ始めたのでしょうね…。その期間はちょっと辛かったです。シャネル・ピグマリオン・デイズの参加アーティストに選んでいただいたのが2010年でしたが、その直前まで精神的にハードな時期が続きました」
10代の頃から高い評価を受け、23歳でやってきた突然の心境の変化。それを克服させてくれたのは、アウトリーチ活動という、学校などのコンサートホール以外の場所に出向いて演奏する芸術普及活動に参加し、子どもたちの前で演奏したことでした。
「友人が、『小学校に行って、子どもたちのために弾いて交流する活動があるよ』と教えてくれて。子どもたちの前では少しの緊張もなく、心のままに演奏することが出来たんです。まるで自分が子どもだった頃の気持ちがよみがえったかのように、ヴァイオリンを弾けることが嬉しくて何よりもとても楽しかったんです。その経験を重ねるうちに、徐々に本来の自分を取り戻すことが出来ました」
久しぶりのネクサス・ホール訪問 ©T. Tairadate
シャネル・ピグマリオン・デイズのリサイタルでは、スタッフから毎回与えられるアドバイスがとても嬉しかったと振り返ります。
「シャネルの担当スタッフの方が、いつも舞台に出る前に髪型やドレスをチェックしてくださって、自分では気づかないことをアドバイスしてくださるんです。『こうしたら綺麗に見えますよ』といったことから、演奏についても『前よりもこうだったね』と毎回感想を伝えてくださる。それはとてもはっとすることが多かったです。普段音楽のことだけを考えているとおろそかになりやすいことを、きちんと教えてくださいました。シャネル・ネクサス・ホールのサロン的な雰囲気に合った、モノトーンのシックなドレスを着るようアドバイスいただいたことも新鮮でしたね。当時モノトーンのドレスを持っていなかったんですよ。スタッフの方には、まるで家族のように親身なアドバイスをいただいて、私が音楽家として小さな一歩を踏み出すのを見守っていただきました」
2010年12月シャネル・ピグマリオン・デイズ
グランドフィナーレでの演奏風景©CHANEL NEXUS HALL
お客様の中には何度もコンサートにお越しくださる方もいて、温かな声をかけられるたびに励まされたという瀧村さん。
「音楽を修行するということは、ときに孤独に感じることも多いのですが、応援してくださるお客様に迎えられて全6回のリサイタルを終えることが出来たのは、大きな励みになりました。それまでは、狭い練習室で練習してきたことを、本番の舞台でそのまま再現することが目標だったんです。それが、お客様の顔を見ながら弾くことで、演奏が『花開く』ような感覚を得られるようになったんです。舞台に一歩出た瞬間に雰囲気が変わって、客席からエネルギーをもらう感じがありました。素晴らしい経験でしたね。イザイやドビュッシー、ヘンデルのパッサカリア、ブラームスのソナタも3曲全部演奏させていただきましたし、デュオやトリオなど室内楽にもチャレンジさせていただきました」
オーケストラの作品を演奏してみたいと思うようになったのは、シャネル・ピグマリオン・デイズに参加した後、2011年から2013年にかけて留学したウィーンでの音楽体験がきっかけだったといいます。そこで受けた大きなインパクトが、現在の瀧村さんの道を決めたのです。
「ウィーンでは毎日のようにコンサートを聴きに行っていました。そのときは自分がオーケストラに入るとか入らないとか、全然考えていなかったんですけど、初めてウィーン楽友協会でブルックナーを聴いたとき、余りに感動してしまって…。『交響曲第7番』でしたが、この世にこんな曲があったなんて知らなかったんです。あの空間、あの響きは今でも鮮明に思い出すことが出来ます。留学2年目に聴いたクラウディオ アバド指揮のルツェルン・フェスティバル・オーケストラも衝撃的でした。私は2階のバルコニー席で聴いており、セカンド・ヴァイオリン奏者が真正面から見える席で、とても楽しそうだったんです。そのときに『私もセカンド・ヴァイオリンを弾いてみたいな』と思ったのが、オーケストラに入りたいと思ったきっかけです」
最前列、左から3人目が瀧村さん ©︎読売日本交響楽団
帰国後、2013年12月から2014年まで読売日本交響楽団での研修を経て、2015年には正式団員に。瀧村さんのオーケストラ人生が始まっていきます。
「留学生活も終わりにさしかかった頃、オーケストラの求人募集を見ていたら、たまたま読響のセカンド・ヴァイオリン首席の募集が出ていたので、迷わず応募しました。当時、団員さんに知り合いの方はほとんどいないし、学生時代はオーケストラでもファースト・ヴァイオリンを担当することが多かったので、セカンド・ヴァイオリンの経験はほとんど無かったのですが、内声パートを弾くことが本当に新鮮で楽しくて。ダメなところもたくさんあったと思うのですが、先輩方がとても温かく見守ってくださって、優しくアドバイスをくださったり、音を聴いているだけで大切なことが伝わってくることもありました。」
「セカンド・ヴァイオリンの首席奏者は、コンサートマスターなどに比べるとそんなに目立つ存在ではないかもしれませんが、縁の下の力持ちとしてオーケストラ全体を支え、ときには舵取りをしたり、和声の絶妙なバランスを担ったりすることに大きな喜びを感じています」
ここ数年、質の高いアンサンブルと並外れたスケール感で、在京オーケストラの中でも際立った名演を繰り広げている読響。2019年3月までの約9年間、常任指揮者を務めたシルヴァン カンブルラン氏の絶大な存在感には大きな注目が集まっていました。瀧村さんは自身の入団以来、カンブルラン氏の出演するほぼすべてのコンサートで演奏し、メシアンの超大作オペラ『アッシジの聖フランチェスコ』や、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の上演にも貢献しました。
「『アッシジの聖フランチェスコ』は大変でした…楽譜が8冊もあって、永遠に終わらないんじゃないかと思いました。でも、曲が始まって自分が弾き始めると、時間の感覚がなくなるんです。マエストロも激励してくださって、一丸となってやり遂げた演奏でした。ワーグナーも長いですが、曲が素晴らしいので始まってしまえばその世界に没頭してしまいます。指揮者のカンブルランさんは本当に心から音楽を愛している方で、ご一緒させていただいたことでたくさんのことを学びました。ラヴェルの『ラ・ヴァルス』は華やかな曲だと思っていたのですが、とてもドロドロした破滅的な解釈もありうるということも感じました」
©T. Tairadate
今後の目標をたずねると、明るい表情で答えてくださいました。
「ソロ、オーケストラでの活動と並行して、カルテットの勉強にも力を入れていきたいと思っています。14歳からお世話になった岡山潔先生が昨年10月に亡くなられて。演奏家としても人間としても私を育ててくださった先生には、学生時代7年近くカルテットを教わりましたが、大きな目標であったベートーヴェンの後期の作品にはたどり着けなかったんです。なので、後期まで全曲を通して取り組むことが夢ですね。また、いろいろな場所へ旅もしてみたいです。アウトリーチで沖縄を訪れたときは、一人で離島まで行ったんですよ。そこではひたすら自転車で走ったり、静かに読書したり。最近は太宰治や三島由紀夫、夏目漱石などの純文学の素晴らしさに改めて感動しています」
芯の強いポジティヴな性格で、情熱を奥に秘めて優しい口調で語る瀧村さん。音楽家の高貴な精神を何よりも愛したシャネルに、彼女のヴァイオリンを聴かせたいと思ったひとときでした。
取材・文:小田島 久恵(音楽ライター)
INFORMATION
瀧村依里 Concert Diary
2019年5月14日(火)19:00開演
会場:サントリーホール
読売日本交響楽団 第588回定期演奏会
2019年6月13日(木)19:00開演
会場:サントリーホール
読売日本交響楽団 第589回定期演奏会
2019年7月11日(木)19:00開演
会場:サントリーホール
読売日本交響楽団 第590回定期演奏会
2019年6月7日(金)19:00開演
会場:練馬区立大泉学園ゆめりあホール
ヨハン・シュトラウスⅡ世~ワルツからオペレッタへ
2019年7月6日(土)14:00開演
会場:相模女子大学グリーンホール
さがみはらフィルハーモニー管弦楽団 第40回定期演奏会
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(ソロ:瀧村依里)
2019年7月20日(土)17:00開演
会場:シャネル・ネクサス・ホール
シャネル・ピグマリオン・デイズ 2019
2019年8月17日(土)
会場:宮城野区文化センター パトナシアター
第二回 絶頂
ジョージ クラム:ブラックエンジェルス(1970)他
2019年9月8日(日)
会場:第一生命ホール
アイリスフィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会
ブルッフ:スコットランド幻想曲(ソロ:瀧村依里)
2019年10月1日(火)18:30開演
会場:杉並公会堂
岡山潔メモリアルコンサート
2019年11月18日(月)19:30開演
会場:よみうり大手町ホール
第23回《中川賢一と読響メンバーによるライヒ&メシアン》
2020年2月29日(土)
会場:北九州市立響ホール
瀧村依里×朴葵姫